tomsuma

富山県在中、北海道出身のアーティスト。いつもラブ&ラフのある世界を目指し、アート健康器具をはじめ、デザイン、企画、コピーライティングなど、アート全般において活躍。

最終回★自分の考えの及ばないところで誰かを動かすことがある

小学校での授業を終えしばらく経ったある日、ひとりの親御さんからメッセージが届いた。その生徒というのは、まさにお人形のようと形容するに相応しい美少女で、このメッセージを頂くまでは、本人がその恵まれた容姿や環境とは真逆の認識を自身に与え続けていたことを知らなかった。そこにはハーフであることが嫌でストレートな黒髪の日本人に生まれたかったといつも嘆いていたと書かれていた。ところが私(地球頭のなんかおかしい人)が来て、そういった発言が消えたという。「トムスマさんのような変わり者(失礼)と出会って、人と違っていても楽しく生きられるということを学んだのだと思う」と締めくくられていた。
これは、彼女が自己の肯定感を感じた証しであり、私にとっても新しい視点と今後を生きるうえで重要なヒントを与えられた出来事だった。


「幸」と言う漢字。両手足に枷をはめられた人間が、唯一、首だけ自由に動かすことができる状態を表しているのだと、書家の本田蒼風さんから教わった。
この一字に込められた情景の広さに関心したのと、幾つもの解釈ができるところが面白くて印象に残っている。
恐らくは苦があるから快を知るという一元的関係性についての教えかもしれない。苦しい状況が続くほど差し込んだ一筋の光は強烈で有難い。または、人は選択肢が増えるほど不幸になる傾向があり自由の数に比例して後悔も増えるという見方も考えられる。
解釈を巡らせる中で私が好きなのは<視点は自由を持つ>という見方。
不自由な手足を見て嘆くか、顔を上げて眺める風景に満たされるか、または、その狭間に置かれたギャップに絶望するのか。
 
 

人間はどんな状態でも視点を選び自分の感情を別次元に置くことができる「自由」を持っている。つまりは、<制御可能な感情を持っている>ことを知ることが既に「幸」、さらにその自由を享受したときに幸せという実感を獲得する。所謂、見るという『意志』が世界を決めているということになる。


人は様々な「価値」を刷り込まれて生きいる。その自分の思考を再定義して意識が広がっていくと、自分にまとわりつく時間や空間の感触が一気に変わる。この瞬間に起こる異変に、人は快楽を感じたりするのだと思う。してこの快楽は、ユーモアと同じ感触があると思う。
今立っている地点から一歩ズレるとか、たったそれだけの隙間にとてつもなく多くのことが隠されているこの地球は、すごい物質量だな。


 最後に、アメリア・アレナスによる著書「まなざしの共有」から
ーー芸術とは、作品のなかに込められているものではなく、作品と私たちとの関係であるーー

100469_01.jpg
観客をもてなす形のパフォーマンス「てのり湯。」をやっています。
そこでは客人は「地球」を召し上がります。

100469_02.jpg
金沢では柴舟小出さん、観音寺では森一誠堂さんによる「地球」が誕生。

100469_03.jpg
そしてこの度、東京 虎屋さんによる「地球」が誕生しました。
地球に分け入ると・・・


Takt会員について レギュラー会員登録 プレミアム会員登録
JCバール mind saito 県広報とやま 大島絵本館 富山まちなか情報ハブステーション[なかもん Web] 〜Nan,Come on!〜 BiRAKU とやま家づくりネット会員募集!
ページの先頭へもどる↑