tomsuma

富山県在中、北海道出身のアーティスト。いつもラブ&ラフのある世界を目指し、アート健康器具をはじめ、デザイン、企画、コピーライティングなど、アート全般において活躍。

ゼツボ→開発研究所3 〜ゼツボーをせり落とせ〜

競り〈せり〉というのは一般的に、あるモノに対して買手が値段を競い合うもので、最も高値を付けた買手に売ることを〈せり売り〉と呼ばれていますね。卸売市場、芸術品の売買でもみるのがこれです。ですから基本的に「価値ある」ものと認めたうえで、それを何とか手に入れようとするわけです。
ところが、せり落とす対象が『絶望』という、まるで価値を感じないと全世界の人が思うであろうそれを、ゼツボ→開発研究所では積極的に取り扱います。


 ゼツボー初競り


研究生(子供たち)は、この初競りまでに幾つかの実験を重ねてきています。
例えば、「盲点体験」。人間の視覚機能としての視点は基本的に一点しか見ることができないということを、絵やカード、映像を使って体験します。見えている事がすべてではないこと、見る角度によって見える世界がまるで変わることを体験します。

 「正負のトーク」。互いに違う意見を通そうとした場合を想定し話合います。ここでは「昼休み何する?」という、いたって可愛いお題ですが、子供たちにとっては午後のモチベーションを大きく左右する非常に重大なテーマです。何も言わずに始めると、各々の自己主張をする際に相手を否定する傾向が多く、5分程の話し合いの末何らか落着したグループは皆無で、どこかしら無念な空気すら漂う始末。。。それは困ったということで、今度は違う意見の人に対して先ずは肯定するというホメテーションモード※挿入を試みたところ、前回とはまるで違う結果に。


 どうなったか。全員の希望を満たすよう時間割を設定したグループ、その遊びがいかに魅力的かプレゼンすることで賛同を獲得したグループ、中には、すべての遊びの要素を含有した新競技を作ったグループまで出てきました。不思議です。肯定的視点は発展的議論を進めやすくなるというのは本当だなと。※ホメテーションについては前回をご参照ください。
まあ他にも色々実験を重ねて視点を変えると起きる現象、その新感覚を子供たちは体感していきます。
そこで、「絶望」という極めて非魅力的な、無価値界のトップランナーしちゃっているような品々を突きつけるわけですが、彼らは食い入るように好奇の眼差しで見ています。
恐らく、彼らにとってこの目の前の絶望は、視点転換の対象物であって、その先に味わうであろう新感覚への期待の方が勝っているのかもしれません。
そんな彼らに見つめられた絶望たちは、この時点で既に絶望という体裁を保っていることがやっとのように見えてくるのです。

こんな行為や現象そのものが、実はアートの根幹をなす醍醐味であったりもします。
To be continue…

100409_01.jpg

せり落とした絶望を分解しているところ。魚をおろす解体作業のようなものです。
それがなぜ絶望的に感じるのか、きっときとの絶望を相手にその要因を露にしていきます。

100409_02.jpg

こちらの解体作業はとどまるところを知りません。紙を継ぎ足し絶望絵巻のようになっています。



Takt会員について レギュラー会員登録 プレミアム会員登録
JCバール mind saito 県広報とやま 大島絵本館 富山まちなか情報ハブステーション[なかもん Web] 〜Nan,Come on!〜 BiRAKU とやま家づくりネット会員募集!
ページの先頭へもどる↑