タナベマサキ

富山県砺波市出身のラジオパーソナリティ、役者。劇団 CASTINGBOARD 創立者。FMとやま「RADIO JAM」(毎週月〜木曜16:00-19:00)をはじめ、FM福井、FMとなみ、となみ衛星通信テレビ、ケーブルテレビ富山などでDJとして活躍中。
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Cosmos/8960/

終わり始まり

秋が四季の中で一番好きです。
正確にいうと夏の終わりと秋の始まりのタイミングがいいんです。
ホントに感覚的なものなので具体的にどこがってことはいいにくいんですが・・・・。
夏の容赦無く降り注ぐ日差しと気温。全ての思考を奪ってしまう暑さ。「もうどうでもいいやー」って思わせてしまう破壊力。
その自暴自棄発生装置が急速に力を無くし、涼しくなり理性を取り戻す。冷静になってみると「あの暑かった日々は一体なんだったんだろう?」ってなる。
そのハザマがいいんです。
動物的な期間を経てヒトになっていくみたいな・・・。
うまく表現できないけど・・・。

人間が人間として始めて抱いた高度な感情って「切なさ」じゃないかと思う。
喜怒哀楽の内、喜怒楽って感情としては本能的なルートを辿ってると思うけど、「哀」って表現しにくい。喜怒楽で表現できないものが「哀」になったんじゃないかな。そう考えると人間(日本人?)の感性って凄い。

「哀」は「愛」に近いと思う。

ちょっと話は飛ぶかもしれないけど「かく」という行為を文字にした時「書く」も「描く」も「欠く」と表現するけども出処は同じなんだとか・・・。例えば「壁にキズをつけて絵や文字をかく」は「書く」でも「描く」でも「欠く」でもあてはまる。何を「かく」かによって漢字が違うだけで行為としては同様なのだ。

同じように「愛」も「哀」も実は同じもののような気がする。
人が人を「愛」する時に感じるあの切なさって「哀」に通じるような気がする。

そういえば英語が日本に輸入された際に「LOVE」って言葉を日本語に当てはめた場合どう表現するか一番手こずったって聞いたことがある。
それでしょうがなく「愛」って言葉を当てはめたけどしっくりくるかどうかは未だに問題らしい。

「愛」と「哀」は全く趣が異なるかもしれないけど恐らく実体としては同じなのかも・・・。

秋にはアイの切なさがある。
夏の恋(来い!)の感じとはどこか違う切なさ・・・。
夏が終わって冷静さを取り戻し、どこか失望にも似た感情を抱く季節って秋の始まり以外にないんじゃないかな。
擬似的であったとしても「愛」の切なさを感じることが出来る秋ってすげーなぁと思う。

秋は切ないけども「愛」を感じられる。
それに身を委ねるのも悪いことじゃないのかも・・・。





 

 

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