加藤美由紀

岐阜県出身のアナウンサー、ナレーター。富山テレビ放送「Youドキッ!たいむ」などで活躍。2011年4月より拠点を東京に移し、活躍の幅を広げている。シグマセブンe所属。

~世界遺産へ~

今日は立秋だというのに、今後10日間ほど猛暑日が続くという。暑いのは好きだが、髪はぐちゃぐちゃになるし、メイクはとろけるし、まるでお化け屋敷のバイトみたいな姿の私。

そんな下界の暑さなど、スーっと消えてなくなる涼しさ。ここは2305m富士山の5合目。ついに、私も世界遺産へと足を踏み入れたのだ。
今まで誰ひとりとして、私を富士山に行こうと誘ってくれなかった。
一度、登ったことがある友人に話を聞くと、誰もがこう答えるのだった。『富士山は、大変だった、一度登れば十分!』とね。

だから一度でも経験のある友人はだれも私を誘わなかった。それほどまでに偉大なる山。私はその恐ろしさに怯えながらも、十数年間、誰かの誘いを待ち続けたのだ。そして、ついに、その日はやってきた。

富士山が世界遺産に登録される前、去年、富山に住む友人からその誘いはあった。そして8月1日が私の記念すべき富士山初登頂の日となった。

週間予報を見ると、1日は雨のち曇り、2日は曇り。それが意味するものは・・・。ご来光どころではないのではないか。という心配。もう一つ心配事が。『高山病』である。調べてみると、登山者の半数が高山病になるというデータもあり、私は、登山3日前から少しテンションが下がっていた。

新宿から直行バスで約3時間、あっという間に雲上の世界、富士山5合目に到着!・・・のはずが、その日に限り、高速道路の一部が事故で通行止めとなり、下道を使い、約7時間のロングドライブとなってしまった。おしりが痛い。それでも、なんとか5合目に到着した私と友人は、富山から車できた友人と7合目にある今夜のお宿『日の出館』で直接、待ち合わせることにした。

5合目から7合目と書けば、簡単に見えるが、これが意外に大変なのだ。下界とは違い2000mを超えた世界。思うように体がいうことをきかない。すり足でゆっくりと歩くのだが、何度も休憩しないと進めないのだ。100mを全力で走ったあとのような胸の苦しさがある。とにかくゆっくり進み、2時間半ほどかけてようやく今夜の宿に到着した。

山小屋で出された夕食のカレーはそれはもう絶品!普通のカレーなのだが、雲の上で味わうと感動は10倍にもなる。山ではドライフルーツも羊羹も何でも美味しく感じられるから不思議だ。

夜7時。私たちは、眠ることにした。翌朝3時にはここを出発する予定だ。8時間ほど、たっぷり睡眠をとったほうが高山病予防にもなるらしい。そうこう考えているうちに、知らず知らずのうちに瞼が閉じていた。

急に誰かが、私の足をトントンと叩き、それで目が覚めた。友人が体調不良になったと山小屋の方が知らせにきてくれたのだ。先ほどまで元気だった友人が急に・・・。やはり富士山は、なめてはいけない山だ。夜の間、友人は薬を飲み、ひとり苦しさと戦った。

ふと外に出ると、眼下には夜景。上には満天の星空、そして三日月。あまりの鮮明さに大きな宇宙を感じた。

翌日、富山からきた友人2人は頂上を目指した。私は体調が戻らない友人と下山することを決めた。山では、冷静な判断が必要になる。体調を崩した友人は、私に申し訳ないといったが、私は全然気にしていなかった。山での無理は禁物。下界にいるときよりも、厳しい判断ができないと命取りになる。友人一人を残し、山頂に行くことはできなかった。それが私の今までの登山で学んだものだ。今回がダメでも、また登ればいいだけ・・。

私と友人は、下山する前に7合目の山小屋から、ご来光を拝んだ。
静かな雲上から、赤く力強く登る朝日は、私たちが生きていることを実感させてくれた。こんなにも眩しく明るい光に包まれたことはない。全身からなにかとてつもない力がみなぎるような感覚があった。・・・また、この場所に来たい、私は世界遺産の7合目でそう思った。

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姿を現した富士山
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入山料を払ったら缶バッチもらえた!
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富士山噴火カレー!
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7合目からのご来光

 

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